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根性論が嫌いな方へ。「根性論との付き合い方」を知るとリーマン人生トクする話

こんにちは、コンパイダーです。
今回は、「根性論との付き合い方」についてです。

根性論や精神論ありきで物事を語る人は、
控えめに言って僕はキライだ。

昔からゴリゴリに根性論やスジを押し出すタイプの先輩とは
可能な限り距離をとるようにしていた

だって、しんどいから。

ただ・・・やはりこの「根性論」、社会人をやっていると
時として必要だなと感じることも多い。
どんな合理的に見えるチームの中にいても、だ。

「根性論に上手く折り合いをつけるには、どうすればいいだろう?」

そんな思いから、今回は「根性論との付き合い方」というテーマで書いていく。

この記事を読み終える頃には、あなたも根性論を使い分けて
幸せなリーマンライフを送ることが出来ると思う。

根性論は大ウソつき?

まず、話を進めるにあたって、
なぜ僕は根性論が嫌いなのかについて書いておきたい。

それは、「根性論が平気で大ウソをつく」からに他ならない。

「時間と量こそが正義。まずやる」みたいな考え方にゆだねるのは、
頭を使わなくていいからある意味楽なんだけど・・・。

そりゃ体力的にはツラいかも知れないが、頭脳労働という意味では
怠けになる。「量をこなしている」こと自体に満足して、思考停止している。

「とにかくがんばってるからヨシ!」という頭になっていくのだ。

するとどうなるか?

まもなく、「そもそも何のためにやっているか?」が見出しにくくなる。

何のためにもなにも、「数をかけること自体が目的」みたいな
意味不明な状態だから、その先を見出せるわけもなく。

「ひたすら辛いのに意味が分からない」という
仕事のモチベーションをクソ下げるような構造が生まれる。

これが嫌いポイントのひとつ。

しかし、その根性論で量をこなす中で成功体験が生まれることもある。

この成功体験とやらが、また厄介で。

それは、「目をつぶって100回素振りしたらたまたま
ボールに1回当たっちゃいました」
的な話なんだけど、
いやいや違うだろ、と。

「だったら頭使って5回に1回くらい当たるようになろうよ」、と、
そう思える人であれば問題はないのだが、

とくに若手の場合はそうはいかない。

「そうか!100回振れば1回はあたるのか!」なんて思ってしまう。

そのスタンスで、がむしゃらに数だけかけてしまうと・・・

「作業屋さん」になっちゃう。

与えられたお題を、経験と根性で解決する「作業請負人」に。

コレがダメ。

作業屋って、端的にいうと、「人材としてオワコン」になる危険性が高い。

山口周氏が「ニュータイプの時代」で、これから本当に重宝される人材とは
「課題を解決できる人」ではなく「課題を見つけること」だと言っていたが、
これはその通りで、

今の時代「作業で解決する手段」はいくらでも替えが聞く。

その手段がテクノロジーなのか、他社からリソースを引っ張ることなのかは
知らないが、顕在化した課題をなんとかする方法など無数に出てくる。

そのなかで価値を持つのは、「解決すべき課題は何か」を考えられる人になるのだが、
「とにかく作業量でバリューを」と思考停止すると、課題ありきで動く作業屋が生まれる。

しかも努力のピントが外れていると、その「作業」すら自分の実力に還ってこない。

モチベーションが上がらないうえに、オワコン製造機になるかも。

この記事で書いたような、社畜の適性あふれるリーマンになってしまう可能性すらある。

社畜の適性についてはこちら

これが、嘘をつく、ということであり、僕が根性論が嫌いな理由。

根性論で努力さえすればなんとかなる、なんて大嘘。

そう信じているのだが・・・・。

でも、部下の根性論がカワイイのはなぜ?

これまでつらつらと、根性論はクソだとか、
根性論を押し付ける上司はクソだとかを書いておきながら、

それでも直視せざるを得ない真理がある。

それは、「根性論でがんばる部下はかわいい」ということだ。

なぜなんだ。

決して、マネジメントが楽だからという意味ではないし、
根性論オンリーで突っ走るタイプについてはむしろ教育が必要なのに・・。

この理由を考えていくと、

「根性論との付き合い方」についてのヒントが手に入るのではないか?

そんなわけで、「根性論が可愛く見える理由」を掘り下げていきたい。

「予測外の経験」を積む人は成長するから

一つ目の理由がコレ。「予想外の経験」。

そもそも、よく考えれば、ひとことで「根性論」といっても種類がある。

「ひたすらコレをやります!」と閉じこもる部下は勿体ないなと思う反面、
「コレも、アレも試しにやってみたいです!」というタイプは超頼もしい。

ひたすら数に走る根性論と、ひたすら経験値を積みにいく根性論とは
別物なのだ。

僕が冒頭で「キライだ!キライだ!」と叫んでいたのは、
前者の根性論。

後者のタイプの根性論で頑張る部下は、逆に応援したくなる。
まるで「世界の果てまで行ってQ」のイモトみたいなやつ。

その理由は、ズバリ予期せぬ経験を沢山浴びた人は成長するから。

2019年前半に世間を騒がせた、「学校行くな!」でおなじみ
不登校系YouTuberのゆたぼん君についての下記記事でも書いたが、、

ゆたぼん君騒動に見る「子供を学校に行かせなくてもいいか」問題の答えは一択|いつでも低速PDCA

まだ経験母数自体が少ない人にとっては、予期せぬ経験を沢山浴びること自体が
学びになるし、判断力アップの材料になる。

「これはこうすればイケる」「コレは向いてない」
「これは知らなかった」・・と、都度の出来事の中で自問自答する過程も十分役に立つ。

アレコレ選り好みしたり、うまく抜いたりするのは、
一定量「予測外の経験」に揉まれた後でいい。

根性論を、「同じ作業の繰り返し」に向けてしまうのはNGだが、
「なんでもやってみる」スタンスの時に発揮する分には多いにOKなのだ。

ひとえに「根性論」とくくって毛嫌いしていたが、
分解して考えると、必ずしも悪じゃないケースもあるなと感じた。

「気持ちのいい人助け」ができるから

二つ目がコレ。「人助け」。

仕事(仕事じゃなくてもいいや)で誰かの役に立って、
感謝されて嬉しい思いをしたときのことを思い出してほしい。

誰だって一度や二度はあるはず。

そのとき、助けた相手がヘラヘラとしていたら、
あなたは達成感を感じただろうか。

「お、サンキュー!ラッキー!へへへへ」とか言われて、
「ああ、力になれて本当に良かったな」なんて思えるだろうか。

そうじゃないだろう。

本気で悩み、辛い思いをして、戦っている人のサポートが
出来た時こそ「やっててよかった」が味わえるというもの。

その点、効率主義で要領よく流している部下よりも、
不器用で遠回りだけど「やるしかないッ!」と全力で取り組む部下の方が、
サポートしたくなるのではないか。

自分都合の話にはなるが、

「ついつい助けたくなる」そして「助けると気持ちいい」という理由で、
一生懸命な人は可愛く思えてしまう。

このタイプの「根性論」も、メリットがある。

まとめ

「つべこべ言わずに数をかけろ、甘えるな」・・と、
作業量そのものが目的となっていて、結果的に頭を使わなくなるタイプの
「根性論」はやっぱり悪だと思う。

そんなのキライだ。

ただし、根性論を全て同列にくくって「キライ」とフタをするのも、
それはそれである種の思考停止になることが分かった。

「新しい経験に飛び込んで、自分をいじめてみる」スタンスについては
人を磨くタイプの根性論だし、

「とにかく、何が何でもやりたいんです!」という意気込みタイプの根性論は、
人を味方につける。

「根性論、嫌いだわー」といって実質サボって抜くのではなく、
ある時は全力で逃げる、ある時はかざす、そんな風に根性論を見極めて
付き合っていくと、幸せなリーマンライフになると思う。

実際、周りに愛されながらメキメキ実力をつけていく若手には、
根性論の使い分けが出来ている人が多いし。

今回は以上。

ちなみに、根性論だけでは本当にどうしようもないこともあるので、
この記事と併せて下記の記事もぜひ読んで欲しい!

内容は、タイトルの通り。

引き続き、YouTubeともども、よろしくお願いします。

ABOUT ME
しいらけい
パラキャリ志向で戦略的社畜。YouTubeでアニメ「ローガイ博士の社会学」を立ち上げました。一流企業に潜伏して、天才と呼ばれる人材を観察してます。